『それはさておき』

『それはさておき』

狂気について

人物画教室の後片付けを終えて帰宅すると、17歳の青年が中学校に押し入り、傷害事件を起こしたニュースがしきりに流されていました。この青年は犯行の前触れとして、残虐なやり方で猫を殺していた事実も同時に報じられています。こんな夜は妙な夢を見るものです。
私は以前足しげくかよった滋賀の山深いゴルフ場近くの森の中に分け入っていきます。樹林が開けたところに出ると、小脇に抱えていた子猫をそっと草むらの上に放してやりました。子猫はか弱い声で鳴きながら、ゆっくり円を描くように動いています。まもなく茂みの中から大蛇が現れます。子猫の動きはぴたりと止まりました。大蛇は音もなく子猫に近づき、大きな赤い口を開きます。その口の中へ、魅入られたようにまっすぐに、子猫は突き進んでいきました。首から下が膨れ上がった大蛇はしばらく苦しそうに身もだえているようにも見えましたが、突然、奇妙なうめき声と共に子猫を吐き出しました。濡れそぼった捨て猫のような瀕死の体が草むらの上に横たわっています。
大蛇の体に異変が起こったのはこの後です。みるみる大きくグロテスクに変形していくではありませんか。ひょっとしてこれは人間なのでは?と思った瞬間、張り裂けんばかりに口を開いて今度は人間の赤ん坊を吐き出しました。ふしぎな出産を目撃した私の前で、すっかり人間へと変身を遂げたタトウーだらけの若い男は、青い空に向かってすっくと立ちあがり、張りのある乳房を誇らしげに突き出しながら、静かにではありますが力のこもった声でつぶやいたのでした。
『わたしは幸運でした』
こんな生殖形態を持った種族が深い森の中で命脈をつないでいたことに驚いた私は、ところで、この種族を《何族》と呼べばよいものかと思い迷っているうちに目を覚ましたのでした。
朝の散歩の身支度をしながら、あの若い男の全身を埋め尽くしたタトウーの文様はどこかで一度見たような気がしてなりませんでした。それが、人物画教室のモデルさんのコートの下のモスグリーンのワンピースにちりばめられたろうけつ染めの白抜きの文様に由来するものであることに気付いたのは、玄関ドアに手をかけたそのときでした。



アートギャラリー まなりや
大阪府枚方市。京阪本線 牧野駅から徒歩3分のアートギャラリー。

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