成雄君の部屋
成雄君の部屋
2025年1月1日
その1 モロッコ産のタコ
池袋パルコ7階食堂街のサラダショップで一年間働いたが、大阪に帰ることにした。
ハタチの男がだらしなく暮らした木造アパートの四畳半は、悲惨だ。敷布団などは、顔が当たるところが薄汚く変色していて、どう処分したものか、いい知恵も浮かんでこなかった。三カ月ごとに天地を逆にし、裏表をひっくり返しながら、ごまかしごまかし使ってきたので、どう丸めても見苦しい代物になり果てていたからだ。
ちょうどそんなとき、僕より若い男が働き始めた。店長の遠い親戚にあたるとかで、口数の少ない男だった。彼、成雄君は中学を出るとすぐに遠洋漁船に乗せられてモロッコの沖でタコ漁をしていたという。英語は喋れるようになった?と僕が聞くと、斜視の顔を傾けてニヤッと笑った。
「船から降りること、あんまりないんで」
成雄君が部屋を探していることを知って、僕はすぐに声をかけた。営業時間が終わって残飯を台車に載せ、専用エレベーターで降りるとき
「僕の部屋でよかったら、何もかも全部置いていくから、どう?」
何もかもとはいってもたいした物はない。湯沸かしポットとハードカバーの本が数冊と一年間釣銭を放り込んで貯金箱になった菓子箱と、それから布団一式であった。押入れの開き戸に張ったキャンバスの油彩画は丸めて大阪へ持って帰るつもりだった。
業務用洗剤とキャベツの汁がしみ込んだ、胸まである大きな黒いエプロンから目を離さずに
「いいんですか?」と成雄君は言ってくれた。
大阪に帰ってしばらくの間は、店での僕の評判はガタ落ちになっただろうと気にはなったが、半年もしないうちに、ほとんど思い出すこともなくなった。
アートギャラリー まなりや
大阪府枚方市。京阪本線 牧野駅から徒歩3分のアートギャラリー。
By manariya
2025年1月1日
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